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記事一覧

アンガウル神社参拝

 朝イチでアンガウル島日本軍守備隊慰霊碑前で日の丸演舞を奉納し、日の丸を掲げて自転車で島内をくまなくひとり日の丸行進することにした。  最初に目指したのは島北西部に鎮座するアンガウル神社。 木漏れ日のジャングルの中に突然鳥居が姿を現し、直観的に特別な場所であることを察知したので、明日朝イチでもう一度参拝しようと決めた。時間はまだまだたっぷりあるので、ひとまず今日はご挨拶だ。ゆっくり英霊と対話を楽し...

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日の丸演舞奉納@アンガウル島守備隊慰霊碑

 かつてアンガウル神社前に数多くの戦没者慰霊碑が並んでいたのが皇紀2670年(平成二十二年)島北東部に移設され、その後、皇紀2673年(平成二十五年)の巨大台風で流されてしまったらしいが、今年の4月、島西部の海岸沿いに新設されていました。 島西部は現在は港や集落があるアンガウルの中心地区で、かつては米軍が上陸した際に天幕村を設営して日本軍守備隊掃討作戦の司令部が置かれていた地域でした。 満身創痍の...

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アンガウルの夜は更けて

  これは確かに海が荒れるとすぐ船が欠航になる着岸難易度の高い港だなと思っていたら、夕方再訪するとアンガウル州政府の貨物船が入港していた。  日が沈み、月が昇り、  月明かりの下で日章旗月章旗演舞をアンガウルの月に奉納し、アンガウル島での1日目(9月26日)の夜が更けていく。...

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灯台跡@アンガウル島

  アンガウル島には海鳥の糞からできるリン鉱石が豊富に埋蔵されていて、1910年代にドイツが肥料の原料となるリン鉱石の掘削を開始しました。第一次世界大戦後に日本が委任統治してからも採掘は引き継がれ、多くの日本人が移住して採掘に従事し、この小さな島は日本南洋時代の重要な産業拠点となりました。 環礁内のペリリュー島から南西に11km離れた外洋に浮かぶアンガウル島は悪天候時には船舶の航行が不可能になり、...

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パラオ上空セスナの旅

 眼下にパラオ松島の異名を取る風光明媚な岩山湾の絶景が広がり、慌ててタブレットを取り出して撮影モードに突入しました。  飛行機はコロール島に別れを告げて南下し、  ペリリュー島にかけて約30kmに及ぶ環礁内に点在する大小200余りの島々からなるロック・アイランド上空を飛行します。  飛行機は小型のセスナ機で、座席は助手席です。 以前にパナマの離島を訪れたときに乗った飛行機は10人乗りぐらいでしたが...

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日章旗月章旗演舞奉納@ペリリュー神社

 日課になっていたペリリュー神社参拝で日章旗月章旗演舞を奉納させていただきました。  皇紀2604年、一般的な日本人に分かりやすく表記すると昭和19年、昨今の風潮に迎合すると西暦1944年9月15日に米軍のペリリュー島上陸作戦が敢行され、迎え撃つ日本軍守備隊との70日に及ぶ激しい戦闘が繰り広げられました。 米軍の科学力と兵力を含む圧倒的な物量差の前に日本軍守備隊は敢闘虚しく玉砕し、大東亜戦争終結後...

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日章旗陸軍旗演舞奉納@中川大佐自決司令部壕

 大山山頂から少し下ったところにある中川州男大佐率いるペリリュー島日本軍守備隊の司令部壕を参拝し、線香とロウソクをお供えして、日章旗陸軍旗演舞を奉納させていただきました。  この壕は村井少将と中川大佐が自決を遂げたペリリュー島日本軍守備隊最後の司令部壕です。  壕の外と中で演舞奉納を捧げました。  中川大佐率いる日本軍守備隊の意思を受け継ぎ、日本を護るための未だ終わらぬ戦いを勝ち抜くことを誓います...

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BATTLE OF PELELIU JUNGLE TRAIL ペリリュー戦ジャングル探訪

-- 米軍兵士から「死の谷」と呼ばれて恐れられたペリリュー戦最後の決戦舞台の大山一帯のジャングルを探訪しました。  紅白のマーカーの白側が不発弾処理を終えたエリアで、紅側が未処理エリアです。  当時使われていた物が見やすいようにマーカー近くに集められています。  辺り一帯には日本軍守備隊の洞窟陣地がたくさん現存しています。  歩ける範囲の限られた私でもすぐに見つけられる洞窟陣地に潜んでいた日本軍兵士...

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ペリリュー島最高峰大山山頂

 ペリリュー島最高峰標高70mの大山山頂には米軍の戦没者を祀るモニュメントが建立されています。てっぺんは勝者が占領するということでしょうか。  360度見渡す限りジャングルです。  このジャングルの中には日本軍守備隊の複廓陣地が多数現存していて、その中には今なお日本軍兵士のご遺骨が眠っています。  英霊の無念を思うと、今は爽やかな風が吹く眺望素晴らしき大山山頂に立ったところで、ハイキングのような達...

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祝祭日には国旗を掲げましょう。

 ペリリュー島のとあるお宅の軒先です。  奥にはワニの住む小屋がありました。  ワニを飼っているお宅もそうでないお宅も祝祭日には国旗を掲げましょう。...

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ペリリュー島守備隊顕彰碑

 米軍兵士が「死の谷」と呼んで恐れた最終決戦舞台に建立されているペリリュー島守備隊顕彰碑です。  この辺り一帯は無数の複廓陣地が存在し、その中には今なお日本軍兵士のご遺骨が眠っていると言います。ひたすら「海ゆかば」を歌いながら山中を歩いていました。もう言葉では言い表すことが出来ません。ただひたすらペリリュー島日本軍守備隊に感謝と哀悼の誠を捧げ、安らかにお眠りになられることを願うのみです。 合掌、そ...

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西太平洋戦没者の碑@ペリリュー平和記念公園

 レンタルチャリンコで辿り着いたペリリュー島最南端オムルウム岬に世界平和を祈念して造られたペリリュー平和記念公園の突端に建立されている西太平洋戦没者の碑です。  なんか名前が気に入らん。主語が無いキモい碑文で有名な広島の公園を思い出してしまいます。なぜ戦うことになったのか、そこに至る経緯をまったく考慮せず、戦争イコール悪で思考停止したラブ&ピース的偽善を直感的に感じてしまいました。論理ではなく個人...

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20センチ沿岸砲@ペリリュー島

 山の斜面の洞窟陣地に据えられた日本軍守備隊の20センチ沿岸砲です。  この洞窟陣地の背後にはドラム缶を積み上げた陣地がありました。...

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パラオ人は日の丸大好き!

 パラオ人は日の丸が大好きです。 日本から持参した日の丸ステッカーを出会ったパラオ人に配っていますが、みんな喜んでくれます。 日の丸には笑顔がよく似合う!  天地逆さまはご愛嬌!...

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ペリリュー島民を救った防空壕

 二年前に巨大台風がパラオを襲い、凄まじい暴風雨によって甚大な被害を受けたそうです。その時ペリリュー島民が避難したのがかつて日本軍が作った頑丈な防空壕でした。  よく出来たカワイイ子です。...

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日本海軍司令部跡@ペリリュー島

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日本軍電力工場跡@ペリリュー島

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日の丸陸軍旗演舞奉納@ペリリュー島千人洞窟

 ペリリュー島の玄関口ノースドックの近くに北部地区防衛を担当する引野通廣少佐率いる独立歩兵第三四六大隊の本部壕だった千人洞窟と呼ばれる複廓陣地があります。  入り口で線香とロウソクをお供えして、洞窟の外と中で日の丸陸軍旗演舞を奉納しました。  洞窟の前には600m離れたガドブス島とペリリュー島を結ぶガドブス橋が掛かっていたのですが、米軍の爆撃によって破壊され橋脚だけが残っています。  近く...

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日本陸軍九五式軽戦車と米軍M4シャーマンタンク@ペリリュー島

  米軍上陸地点オレンジビーチを向いて擱座した日本陸軍第一四師団戦車隊九五式軽戦車です。71年ぶりに陸軍旗が翻りました。 安保法案も参議院を通過したようなので、本格的な日本軍の反撃開始です。たった一回戦争に負けたぐらいでいつまでもイモ引いてられません。  地雷で吹っ飛ばされて横転した米軍のM4シャーマンタンクのように、まずは国内の反日勢力を一掃しましょう。  ...

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米軍水陸両用装甲車と戦車@ペリリュー島

 ペリリュー島南西岸オレンジビーチから上陸作戦を敢行した米軍海兵隊員は24人乗りのLVT(Landing Vehicle Tracked)水陸両用装甲車に分乗し、このLVTに75ミリ砲や37ミリ砲を搭載したアムタンク(Amphibious Tank)水陸両用戦車を先頭に海岸に押し寄せたそうです。...

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零式艦上戦闘機@ペリリュー島

  主脚を出したままの状態なので、地上に配備していた時に爆撃されたらしいです。胴体後部とエンジンが失われていて、型式は不明です。...

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日の丸陸軍旗演舞奉納@ペリリュー島みたま慰霊碑

 ペリリュー島南部へ向かう途中にある墓地の一角に英霊を祀る慰霊碑が建立されていて、毎朝そこで線香とロウソクをお供えして演舞を奉納してから島南部の戦跡巡りをするのが日課になっているのですが、今朝は線香の燃え残りがたくさんありました。 昨日、日本人らしき一行を乗せたバスとすれ違ったので、どうやら慰霊訪問団が来島していたようです。  多くの方が慰霊にペリリュー島を訪れることを願っています。 英霊の御霊に...

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ペリリュー第二次世界大戦記念博物館その3

 お勉強コーナー  お疲れさまでした。...

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ペリリュー第二次世界大戦記念博物館その2

 ペリリュー第二次世界大戦記念博物館の館内です。...

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ペリリュー第二次世界大戦記念博物館

 ペリリュー第二次世界大戦記念博物館を訪れました。  日本統治時代に日本軍通信局として使われていた建物をそのまま使っています。  弾痕だらけの外観は当時のままですが、館内は空調完備で機関銃や資料など貴重な展示品が並んでいます。  館内編は次回に続く。...

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日の丸陸軍旗演舞奉納@ペリリュー神社

 スマートフォンだと字が小さくて読めないかもしれないので、文字おこしします。 ニコルじゃない方のC・W アメリカ太平洋艦隊司令長官C・W・ニミッツ提督の日本軍守備隊を賛辞する言葉です。 諸国から訪れる旅人たちよ、この島を守るために日本軍人がいかに勇敢な愛国心をもって戦い、そして玉砕したかを伝えられよ  ペリリュー戦で斃れしすべての人の御霊が安らかに眠ることを願います。...

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星条旗日本陸軍旗演舞奉納@ペリリュー島オレンジビーチ

  71年前の9月15日に米軍のペリリュー島上陸作戦が敢行された西浜に建立されているアメリカ合衆国第81歩兵師団を慰霊するモニュメントの前で昨年11月の普天間基地大山ゲート以来となる星条旗を取り出し、星条旗日本陸軍旗演舞を奉納しました。 私は日本人なので星条旗だけを振ることは出来ませんが、写真は米兵に敬意を表して星条旗を掲載します。  米兵の血で海水がオレンジ色に染まったため、戦後はオレンジビーチ...

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天皇の島・ペリリュー島上陸

  パラオのマラカル島の埠頭から NIPPON MARU Ⅱ に乗船し、天皇の島と呼ばれたペリリュー島に上陸しました。  明日はペリリュー戦開戦日です。...

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日章旗月章旗演舞奉納@パラオ海軍墓地

  桜に錨のマークが勇ましい海軍墓地と刻まれたパラオの日本人墓地を墓参しました。  階段を上がったところに建立されている慰霊碑の前で日章旗月章旗演舞を奉納し、英霊に感謝と哀悼の誠を捧げました。  自然と「海ゆかば」が口をつき、苑内を歌いながら歩いていました。...

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日章旗月章旗コラボ演舞奉納@パラオ南洋神社

  平成9年に再建されたパラオ南洋神社で日章旗月章旗コラボ演舞を奉納しました。  南洋神社には大東亜戦争におけるパラオ人戦没者の顕彰碑が建立されています。 日本語と英語で併記された碑文の日本語碑文です。 「この南洋神社には、日本とパラオの祖先神と大東亜戦争の戦死者が合祀されている。ここにパラオの戦死者の名を刻み、その勇気を讃える。」 パラオ戦線におけるすべての英霊に感謝と哀悼の誠を捧げます。...

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プロフィール

hinomarufire

Author:hinomarufire
ファイアーダンサーから日の丸舞踏家に変身して日の丸の破壊的イノベーションを起こそうと日々奮闘中です。

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